豪州の配達員に時給保障
待機時間はやっぱり対象外
Dice
現役配達員が運営

オーストラリアでUber EatsやDoorDashの配達員に、時給ベースの最低保障が導入される見通しになった。
現地の労働組合TWU(Transport Workers' Union)と両プラットフォームが共同で提出した案を公正労働委員会(Fair Work Commission)が審理中で、承認されれば2026年8月10日から施行される見込み。
海外のフーデリ事情だが、日本の配達員にも関係のある論点を含んでいるので整理しておく。
保障されるのは「実働時間」だけ
新しい基準の柱は、時給31.30豪ドル(為替次第だが、おおよそ3,500円前後)の最低ライン。ただし保障の対象になるのは、注文を受託してから届けるまでの「実働時間(エンゲージ時間)」だけ。店での受け取り待ちもここに含まれる。
アプリを開いて案件を待っている「待機時間」は対象外。しかもこれは運用上の抜け穴ではなく、公正労働委員会が出せるこの種の最低基準命令には、そもそも待機時間への支払いを含められないという制度上の制約がある。
つまり「案件が鳴らない時間はゼロ円」という構造そのものは、豪州でも変わらない。ここは日本の鳴り待ち(案件が来るまでの待機時間)と同じ悩みを抱えたままになる。
企業側と労組側で数字が全然違う
$31.30というラインが今よりどれだけの上乗せかは、誰に聞くかで答えが変わる。
Uber Eats側は配達員の現状の稼ぎを時給約26豪ドルと説明している一方、TWUの労組調査では閑散期で時給12〜18豪ドル程度という報告もある。経費(燃料代・車両の消耗)を引くかどうかなどの違いで、倍近い開きが出ている状態。
$31.30という数字は、企業側の主張よりは高く、労組側が訴える実態よりはかなり高い、という位置づけになる。
円換算すると
為替(1豪ドル≒112円台、2026年7月時点)で単純換算すると、$31.30は約3,500円/時になる。
日本の最低賃金(全国加重平均1,121円、2025年度)と比べると3倍以上の開きがある。配達員の実働時給で見ても、豪州の新基準は日本の相場のおおよそ2倍近くとみられる。
物価も豪州の方が総じて高いので、額面差がそのまま生活水準の差になるとも限らない。
一般職より低いという現実
豪州国内の一般的なカジュアル雇用(小売・飲食、割増込み)は時給33〜35豪ドルが最低ラインで、配達員の新基準$31.30より高い。他業種と比べて厚遇になったわけではない。
今回の意義は、他業種と並んだことではなく、個人事業主として最低賃金の外に置かれていた配達員に、初めて公的な床(フロア)が敷かれたという一歩目の話として見るのが実態に近い。
日本もこの実験をすでに通っていた
実は日本のUber Eatsも、豪州がこれから導入しようとしているのとよく似た仕組みを、つい最近試している。
2025年8月に仙台・横浜で先行導入し、同年9月に札幌・東京・名古屋・大阪など11都市に拡大した「フラットレート」がそれ。
あらかじめ決まった時給ベースの報酬を、リクエストを受託してから届けるまでの実配達時間に応じて支払う仕組み。待機時間を含めない「配達中だけ」の設計は、豪州の新基準とよく似た構造だった。
ただし導入の動機はまったく違う。フラットレートはUber Eats主導の仕組みで、狙いは配達員の待遇改善というより、高単価案件だけを選んで拒否率が上がる状況を抑え、配送を安定させるための運用効率化だった。
対して豪州の最低基準は、労組TWUが何年もかけて実態調査と交渉を重ねた末にたどり着いたもので、出発点は労働者側の権利闘争にある。同じ「配達中だけの時給保障」という設計に、正反対の動機からたどり着いた形だ。
公式の説明では、リクエストの拒否・キャンセルは1時間に1件までで、それを超えるとフラットレートは自動的に解除される。
現場では「2〜3回蹴ると解除された」という体感の声もあり、この回数感覚には若干のばらつきがあるようだ。
現場の実感としては、拒否枠を使い切ると解除されてしまうため気軽に断れない。その結果、他の配達員が嫌がって受けない長距離・僻地の案件がフラットレート中の配達員に回ってきやすい、という声もあった。
断れないまま僻地に飛ばされるとさらに案件が鳴らなくなる。待機時間はやはり無給のままで、「平日に安定して稼げるなら」と試しても、結局は通常モードの方が稼げたという体感が目立つ。
このフラットレートは2026年4月に完全廃止された。導入から半年〜8ヶ月ほどの短命に終わっている。
つまり日本は、豪州がこれから制度として敷こうとしている「配達中の時給保障」に近い発想を、すでに一度試し、現場の評判が振るわず撤退した過去を持つ。
待機時間の扱いや拒否時のペナルティという同じ壁に、豪州の議論もこの先ぶつかっていくのか——日本の実験は、その先行事例として見ておく価値がありそうだ。
出典
- Fair Work Commission MS2024/1-3 案件ページ
- Fair Work Ombudsman 最低賃金(2026年7月改定)
- Transport Workers' Union 公式発表
- 厚生労働省 地域別最低賃金の全国一覧
- Uber Eats 公式ニュースルーム「フラットレート」試験導入について
※この記事は公開情報の整理です。豪州の制度はまだ審理中で、内容や施行日が変更される可能性があります。最新の状況はFair Work Commissionの公式情報でご確認ください。為替レートは変動するため円換算は目安です。