配達中に事故。「物損でいいですよ」頷く前にやること
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事故は、起きてから考える時間がありません。頭が真っ白になっている数分の間に、その後の何か月かが決まってしまうことがあります。
厄介なのは、その場でいちばん穏やかに聞こえる提案が、いちばん困る結果につながることです。「大したことないので物損でいいですよ」「警察は呼ばなくても」——現場でよく出てくる言葉ですが、ここで頷くと、後から保険金を請求する土台が崩れます。
配達中の事故でやることは、実は法律で順番まで決まっています。覚えることはそう多くありません。順番だけ頭に入れておきます。
法律が決めている3つのこと
道路交通法72条が、事故が起きたときの義務を定めています。対象は「車両等の運転者」なので、バイクでも自転車でも同じように適用されます。自転車は軽車両として道路交通法上の車両にあたるためです。
義務は3つあります。
- 直ちに運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等の必要な措置を講じる(1項前段)
- 現場の警察官に、警察官がいなければ直ちに最寄りの警察署の警察官に報告する(1項後段)
- 報告を受けた警察官から「現場を去るな」と命じられたら、それに従う(2項)
順番は、救護が先で報告が後です。ここが逆になっていると、より重い義務を怠ったことになります。
現場で迷いやすいのは「相手が大丈夫と言っている」ケースですが、救護と報告は相手の申し出で免除されるものではありません。義務は運転者側にかかっています。
報告する内容に積載物が入る
条文は、報告する中身まで具体的に列挙しています。配達員にとって見落としやすいのが最後のほうです。
- 事故が発生した日時
- 場所
- 死傷者の数と、負傷の程度
- 損壊した物と、その程度
- 事故に係る車両等の積載物
- 事故について講じた措置
積載物、つまり運んでいる商品について警察に伝えることが、法律上の報告事項に入っています。バッグの中に配達物があるなら、それも報告の対象です。
商品が無事かどうかとは別の話で、「何を積んでいたか」を伝える義務があるということです。ここは一般的な事故の解説記事だと出てこない部分なので、配達員は覚えておく価値があります。
自転車とバイクで刑が違う
救護義務を怠ったときの重さは、車両の種類で変わります。条文が「軽車両を除く」と書き分けているためです。
| 違反 | 条文 | 法定刑 |
|---|---|---|
| 救護等をしなかった(人の死傷あり・軽車両を除く) | 117条1項 | 5年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金 |
| うち死傷が自分の運転に起因する | 117条2項 | 10年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金 |
| 救護等をしなかった(自転車などそれ以外) | 117条の5第1項1号 | 1年以下の拘禁刑または10万円以下の罰金 |
| 警察官への報告をしなかった | 119条1項17号 | 3月以下の拘禁刑または5万円以下の罰金 |
| 現場を去るなという命令に従わなかった | 120条1項11号 | 5万円以下の罰金 |
バイクで人身事故を起こして、それが自分の運転に起因していて、救護せずに立ち去った場合が最も重く、10年以下の拘禁刑です。いわゆるひき逃げがここに当たります。
自転車配達なら軽い、という話ではありません。1年以下の拘禁刑は十分に重く、しかも報告義務違反のほうは車両の種類を問いません。
なお「拘禁刑」は、刑法改正で懲役と禁錮が一本化された後の呼び方です。古い解説では懲役と書かれていることがあります。
届け出ないと証明書が出ない
ここが冒頭の話につながります。
事故の後、保険金を請求するときに土台になるのが交通事故証明書です。自動車安全運転センターが発行する、交通事故の事実を確認したことを証明する書類です。
そして、この書類には前提があります。
警察に届出されていない交通事故の証明書は申請できません
つまり、その場で「警察は呼ばなくていい」と収めてしまうと、証明書そのものが存在しない状態になります。後から相手の態度が変わっても、事故があった事実を示す公的な書類がありません。
逆に、物損として届け出た事故なら証明書は出ます。物件事故は事故から3年、人身事故は5年を過ぎると原則として交付されません。問題になるのは物損で処理したことではなく、届け出ていないことのほうです。
交付手数料は1通1,000円で、申請できるのは事故の当事者と、損害賠償の請求権がある親族や保険金の受取人など、交付を受けることに正当な利益がある人です。郵送やインターネットで申請すると、手元に届くまで10日程度かかります。
センターの窓口へ行く場合は、警察から事故の資料が届いていれば原則として即日交付されます。届いていなければ後日郵送です。急ぐなら窓口、という選択肢はありますが、資料が回るまでの時間はこちらでは動かせません。
証明書が証明するのは、事故があったという事実です。どちらがどれだけ悪いかを判断する書類ではありません。
過失割合のほうは、示談や損害賠償請求と同じ民事の枠で扱われます。国土交通省が案内する各都道府県の交通事故相談所も、示談・損害賠償請求・過失割合・保険をまとめて相談の対象にしています。
人身か物損かの扱いも、後から効いてきます。その場では痛みがなくても、翌日以降に首や腰が痛み出すことは珍しくありません。届出の内容をどうするかは、体の状態を確かめてから判断できるよう、まず警察を呼んでおくのが安全です。
物損から人身に切り替える
その場で物損として処理されても、後から人身に切り替える道は残っています。ただし自動ではありません。
兵庫県警察は、手続きをこう説明しています。治療後に医師の診断書をもらい、事故が起きた場所を管轄する警察署の事故係へ行って、事故で怪我をしたので人身事故の手続きをしてほしい旨を申し出る、という流れです。怪我で警察へ出向けないときは警察へ連絡してください、とも書かれています。
病院へ行って治療を受けただけでは、人身事故になりません。
ここが見落とされやすいところです。通院さえしていれば警察の側で切り替わる、というものではありません。
警察から「物件事故として認定した」と連絡が来てから人身へ切り替えた、という話も出てきます。事故の直後に痛みがなくても、後から出てくることはあるので、その時点で動けば間に合う可能性はあります。
ただ、時間が経つほど事故と怪我のつながりを説明するのは難しくなります。痛みや違和感があれば、早めに医療機関を受診しておくのが安全です。
プラットフォームへの連絡
法律上の義務を果たしたら、次がプラットフォームへの連絡です。順番としては、救護と110番の後になります。
出前館は安全ガイドラインで、事故のときの手順を3ステップで示しています。車両を路肩に寄せて安全を確保し、けが人がいれば状況確認と救助、必要に応じて119番。次に警察へ電話して事故発生を伝える。そのうえで配送サポートセンターに連絡する、という流れです。
この順番は、道路交通法72条が定める順番とそのまま一致しています。法律の順番で動けば、プラットフォームの求める手順からも外れないということです。迷ったら法律の順で動く、と覚えておけば十分だと思います。
Uberも、傷害補償プログラムの案内で、事故が起きたらできるだけ早くサポートへ連絡し、状況を伝えるよう求めています。補償制度を使うにも連絡が起点になります。
アカウントが止まることがある
一方で、連絡した後に何が起きるかも知っておいたほうがいいと思います。事故をサポートへ報告した後にアカウントが一時停止になった、という報告は繰り返し出てきます。
事故を報告した全員が止まるわけではなく、一時的な停止で済んだ、そもそも止まらなかった、という声もあります。
理由の中心は車両のようです。壊れた車両では走れないので、修理が終わるか代車を登録し直すまでは戻らない、という説明が多く見られます。数日で復帰した例もあれば、代車を用意して1週間ほどで再開した例もあります。もらい事故でも止まるときは止まります。
そのため、連絡すると止まるのではないか、とためらう人がいます。プラットフォームの保険を使うとアカウントが飛ぶ、という噂も流れていて、サポートに聞いても肯定も否定もされなかった、という話まであります。
ただ、連絡しないという選択肢は実際には取れません。補償を使う入口が連絡だからです。順番としても、救護と110番は法律上の義務なので、その後の連絡を省く理由にはなりません。
ただし、停止の条件も復帰の条件も、公式に案内されているものは見つかりません。ここまでは報告の積み重ねから見える範囲の話です。
止まる理由が車両の状態なら、先に動かすべきは修理見積もりと代車の手配のほうです。復帰までの長さは、そこで決まっている例が多いようです。正直、事故の後でいちばん堪えるのはこの空白期間だと思います。
3社で書きぶりが違う
一方で、事故のときの扱いは3社で同じではありません。
出前館は安全ガイドラインという公開文書で手順と補償を示しています。Uberも傷害補償プログラムの案内で補償の内容と連絡の手順を公開しています。この2社は、公開情報を読めば何をすればよいかが分かる状態です。
ロケットナウは、公開しているドライバー向け利用約款で、そこをはっきり書き分けています。第23条の免責規定は、配達業務を履行する過程で交通事故が発生した場合、ドライバーが自らの責任と費用でこれを解決しなければならず、同社はこれに対するいかなる責任も負わないとしています。
ただし但し書きがあり、同社に法令上の責任がある場合や、故意・過失が立証された場合は責任を分担するとされています。
第7条にも同趣旨があり、ドライバーの故意または過失を原因とする事故については、本人の責任と費用で一切の紛争を解決するものとされています。
同じ約款のトラブル対応表には、販売店とのトラブルや顧客の音信不通といった項目は並んでいますが、交通事故そのものの項目はありません。「その他 事案発生時にドライバーサポートセンターに連絡」で拾う形になります。
つまり3社を並べると、補償の案内を公開しているのが出前館とUber、約款で事故の責任の所在を明記しているのがロケットナウ、という並びになります。案内があることと責任を引き受けることは別なので、そこは分けて見たほうが正確です。
掛け持ちしているなら、その日どのアプリの案件を持っていたかで前提が変わる、ということでもあります。
そもそも自分の任意保険が配達中に効くのかという手前の話は、「配達で使うと保険に入れない?断られる会社と、入れる入口」で扱っています。プラットフォームの補償は案件に紐づく上乗せなので、本体は自分の保険のほうです。
自賠責は相手がいて初めて出る
事故の怪我で走れなくなった期間の収入減は、休業損害として請求できます。ただし、どこから出るのかは事故の形で変わります。
最低限の枠になる自賠責は、相手方の車両にかかっているものへ請求します。相手がいて、相手に責任がある事故で初めて出てきます。
ガードレールに突っ込んだ単独事故なら請求先がありません。事故の形によっては、休業損害がそもそも出ないということです。
過失の扱いは任意保険と違います。自賠責は被害者救済の仕組みなので、自分の過失割合が70%以上でなければ減額されません(70%以上は重過失減額、100%なら対象外)。過失の分だけ減っていくのは、限度額を超えて相手方の任意保険とやり取りに入ってからです。
その穴を埋めるのは、自分側の備えです。任意保険の人身傷害と労災の特別加入は、どちらも自損や自分の過失に関係なく支払われます。
何がどこまで届くかは「配達で使うと保険に入れない?」で4つ並べて整理しています。
ただし労災は無条件ではありません。故意や重大な過失で起こした事故は、給付の全部または一部が行われないことがあります(労災保険法12条の2の2)。
休業損害は過去の記録で決まる
相手方の自賠責から出る場合、個人事業主がつまずくのは金額の決まり方です。
自賠責保険の支払基準では、休業損害は原則として1日あたり6,100円です。それより収入が多かった場合は、立証できれば実額が支払われます。
- 原則 … 1日あたり6,100円
- 立証できた場合 … 実額(1日19,000円が限度)
会社員なら、勤務先が出す休業損害証明書と源泉徴収票で足ります。自営業者の場合、自賠責の請求で求められるのは納税証明書や課税証明書、確定申告書などです。
つまり配達員は、確定申告の内容がそのまま収入の証明になります。直前数か月の売上が分かる記録も、金額を交渉する材料として手元にあると強いです。
副業でやっていて結局いくら貰えるのか分からない、という相談は定期的に出ます。3か月分の収入をどう示すかで金額が変わった、という話も出てきます。
これは自賠責という最低限の枠の話で、相手の任意保険とのやり取りになっても、収入をどう示すかが土台になるのは同じです。
立証できる資料がなければ、自賠責では原則の日額のほうに寄っていくことになります。
休業損害は、事故の後に集める書類ではなく、事故の前に残っていたかどうかで決まります。
現場で使う順番
まとめると、現場での順番はこうなります。
- 止まる。二次事故を防げる位置に車両を寄せる
- けが人を確認する。必要なら119番
- 110番。警察官が現場にいればその場で報告する
- 報告する内容に積載物、つまり配達中の商品も含める
- 「現場を去るな」と言われたら従う
- 相手がいるなら、氏名と連絡先、車両番号、加入している保険を確認する
- 車両の位置と損傷、路面や信号の状況を写真に残す
- 見ていた人がいれば、連絡先を聞いておく
- プラットフォームのサポートセンターに連絡する
- 自分が任意保険に入っているなら、保険会社か代理店にも連絡する
そのうえで、後日、交通事故証明書を申請します。
正直なところ、事故の直後にこの順番を思い出せる自信は誰にもないと思います。だからこそ、順番だけでも先に頭に入れておく価値があります。覚えるのは「救護 → 110番 → サポート」の3つで、あとは現場の警察官の指示に従えば大きくは外れません。
まとめ
- 事故のときの義務は道路交通法72条が定めている。バイクも自転車も対象
- 順番は救護が先、警察への報告が後
- 報告する内容に「積載物」が入る。配達中の商品も報告の対象
- 救護せず立ち去ると最大10年以下の拘禁刑。自転車でも1年以下
- 証明書が出ないのは警察へ届けていない事故。物損で届け出ていれば出るし、診断書を持って事故係へ行けば後から人身にも切り替えられる
- プラットフォームへの連絡は救護と110番の後。報告後にアカウントが止まることもある
- 休業損害の請求先は相手方の自賠責。原則1日6,100円で立証できれば実額。単独事故だと請求先がなく、そこは労災の特別加入や人身傷害で埋める
法令や制度は改正されることがあります。実際の対応は、下記の公式情報と現場の警察官の指示に従ってください。
出典
- e-Gov法令検索「道路交通法」(第72条・第117条・第117条の5・第119条・第120条)
- 自動車安全運転センター「交通事故に関する証明書」
- 自動車安全運転センター「交通事故証明書の申請方法」(手数料1通1,000円・郵送は10日程度・窓口は資料が届いていれば原則即日・申請できる人の範囲)
- 兵庫県警察「交通事故に関するQ&A」(物損事故から人身事故への切替手続)
- 国土交通省「自賠責保険・共済の限度額と補償内容」(休業損害は原則1日6,100円・立証により実額、1日19,000円が限度)
- e-Gov法令検索「労働者災害補償保険法」第12条の2の2(故意は不支給、故意の犯罪行為・重大な過失は給付の全部または一部を行わないことができる)
- 国土交通省「自賠責保険・共済についてのよくある質問」(被害者の過失割合が70%以上でなければ減額しない)
- 国土交通省「相談先にお困りのときは?」(交通事故相談所が示談・損害賠償請求・過失割合・保険を扱う)
- 国土交通省「支払までの流れと請求方法」(自営業者の休業損害は納税証明書・課税証明書・確定申告書等で立証)
- Uber「UberEats 傷害補償プログラム」(事故時はできるだけ早くサポートへ連絡)
- 株式会社出前館「出前館 安全ガイドライン」
- CP One Japan合同会社「ロケットナウ利用約款―ドライバー向け」(第7条第5項・第23条第2項。2026年5月19日改定)
本記事は一般的な情報の整理です。個別の事故対応や補償の可否は、警察・保険会社・各プラットフォームの公式情報でご確認ください。